東国原宮崎知事の自宅に女性記者が泊まったそうな・・・。

まったくもってどうでもいい事だ。
 マスコミの批判的なことはあまり書いても無意味だとは思うが、この国のマスコミは本当に暇な人種の集まりなのか?
 人の頑張りを蹴落とす事がマスコミの使命なのか?

 確かに知事という公職に就いてしまえば、襟を正す事も必要かもしれないが、ことの真実がどうだか分からない状況下で、さも鬼の首を取ったように連日報道し、騒ぎ立てるのだろうか。

 視聴者や読者は本当にそんなこと聞きたいと思っているのだろうか?

 確かに今日本が一番注目している関心事であろう。
宮崎知事のマスコミの登場回数と報道時間の宣伝効果は数億円を下らないはずだ。
 それを利用する形になってしまったから問題なのか?
 昔に女性のトラブルを抱えたから問題なのか?

 報道される殆どは知事の自宅に女性記者が2人宿泊した模様です、となっている。
 ??だから、それがどうした?
 何か問題があれば、それをはっきり伝えろと思う。
こういうことは問題だと思いますと、知事に言えよっ。

 彼は独身で、マンションも自分のものだろう。
 その記者は知事に強姦でもされたのか?
 こんな記事書けと監禁されたのか?

 下らない事で時間を割いていないで、政治家のあのつまらなさぶりをもっと掘り下げてとことんまで報道した方が、よっぽどましな世の中になる。
2007.02.25 俺の野望
 ここ最近、ブログをサボっていた^^:

とにかく、ゲームにはまっていた。
それもドップリ(笑)

 オイラはいい年をこいてゲームにはまる性質だ。
会社を休んでまで攻略する事もある。
 何より、気になる事を後回しに出来ない性格なので、ゲームの終焉を見るまでは気になって仕方が無くなる。(ゲームに関わらずだが・・・)

 先日嫁におねだりして、“信長の野望”を買って貰った。
今更なのだが、これにはまってしまった。

 このゲーム実に奥が深い。

 戦国時代の国取りゲームなのだが、そのゲームの進行にはかなりのマネージメントが存在する。

 自分の国を決め、そこを開墾し、それに伴い町の発展を促す、戦国時代なので兵隊も用意しなければならない、武器、兵糧、軍馬に、金。

 何より大事なのは、能力の高い家臣を雇う事だ。
 知略の高いもの、政治思考なもの、外交的なもの、内政的なもの、さまざまな武将があるが、これを適材適所に配置し、そのたびに家宝や、知行と呼ばれる褒美を与え、忠誠心をあげてゆく。
 武将の配置のミスや、その武将の功績を無視していると殿様に対する忠誠心が失われ、他国に引き抜かれたり自ら出奔してしまう。

 武将が少ないと隣国から攻め込まれやすいので地元の国衆や忍者を使い情報を集めたり、隣国の混乱を図る。

 国取りゲームなので当然隣国も攻め込むわけだが、予め目を付けた攻略国に忍者を潜入させ、武将がその国に赴き隣国の武将に合戦の際、寝返るようにそそのかしたり、一揆を起こさせたりしてその国の国力を下げておく。

 そして攻め込む。
 攻め込んだとしても、自軍の武将が持つ能力(城攻めの得意なもの、捕縛や混乱を得意とするもの、鉄砲や弓などの兵器を使う能力にたけたもの等々)によっても城を落とすまでのプロセスが違ってくる。

 そして、攻め落とした後は戦争で荒れたその町を再構築するためにまた能力の高い武将を配置し、開墾し、商業地を開発し、城を精度の高いものに仕上げてゆく。

 その間に、また他の国に睨みを利かせ、商人から武器や兵糧、家宝などを仕入れ戦に備える。

 自分の国が増えれば増えるほどかなりの作業と気配りが必要になる。

 こんな事をやっていれば4・5時間はゆうに経ってしまうので今朝は空が白んでから寝た。
 
 しかしこれほどのゲームを誰が考え付いたのか知らないが、組織の中で働く者にとっては非常にマネージメントの訓練になる。

 誰が何処でどんな仕事をしていて、どんな事を得意とするか、出した結果に対しては自分の懐具合と相談して、ちゃんと評価してあげているか?、自らも能力を上げて部下がちゃんと付いて来る様に魅力的になる努力をしているか?、内に外に気遣い出来ているか?等々さまざまなことに気を付けなければ部下も付いてこないし、会社も盛り上がらない。
 このゲームにはこの要素が凝縮されている。

 そしてオイラは今西日本全てを我が物とし、残る東日本攻略に向け勤しんでいる。

 全国統一し天下布武を成し遂げれば、オイラの能力が格段に上がっておりことを期待して(笑)
 

 
2007.02.18 談合
 オイラは建設会社に勤務していた。
長い時間、長い年月を建設会社で過ごした。
 建設業界の甘いもすっぱいも、痒いもまきこんでるもはさまってるも知ってる。

 東国原知事が公共工事に対する、建設会社の談合、官庁との癒着の部分を切り離していこうとする政策は見上げたものだと思うし、是非頑張って頂きたい。

 が、しかし、悲しいかな談合はなくならない。

 断言する!談合はなくならない。

 なぜかは、長くなるし、書くのも面倒なのであまり説明はしないがなくならない。

 この国は談合で成り立っている。

 談合談合とマスコミで結構あおった報道がなされているが、肝心なそれを伝える新聞各社は何故に月曜の朝刊休みが同じなのだろう。
 これって、みんなで決めてんじゃない?
ビールの値段は何故に各社一様に似てるの?
値段が均衡取れてる類似商品沢山あるけど?

 オイラの意見に違和感を覚える方も多いだろうが、皆まで言われなくても分かっていて語っているつもりだ。

 建設会社の「談合」がクローズアップされるのは国民の「血税」が投入されており、それを建設会社が搾取していると映っているからだろう。
 しかし、一昔前の時代ならいざ知らず、今の公共工事はたいして利益が出ない。
 利益が出ないという事は御幣があるかもしれないが、請負金に対して
15%程度いけばおんの字の工事が多くなってきた。
 企業として、製品を世に送り出すときに10%〜20%の利益を見込むことはいけないことだろうか?

 例えば、談合が無くなり、限界ギリギリの社員給与しか出ない状態の公共工事ばかりだったとする。
 当然しわ寄せは、一般企業に向けられる。

 バブルの頃に建てられた建物は今では2分の1から3分の1で建てられるが、そうなればその建設単価がどんどん上がってゆく。
 今現在、一般企業が建設物を建てて設備投資をしたり、安価なマンションの建設ラッシュがあるのは、建設各社が公共工事で得た安定した利益を元に民間企業物件に振り替えているだけだ。

 民間の建設物は恐ろしいほどに安い。
 姉歯さんの件でも分かるように、民間企業が建設会社に課す金額提示は泥棒的に安い、このような中で利益を上げなければいけないとすれば不正をするしかなかったのだろう。
 設計士だけではなく、建設会社もこんな不正工事ををやっているところは山ほど知っている。
 ご覧の方のお住まいがそんな業者でないことを祈るばかりです。

 正当な工事をやっている建設会社は、もちろん不正工事は出来ない。
しかし、お客様は神様だ。
 当然逃がしたくない。公共工事からの利益を薄めてでもこちらに補填する。
  
 これが、建設会社全体が民間企業の言いなりになる事を止めて、民間に利益の安定を求めた場合、15%〜20%の建設単価が上がる。
 エンドユーザーの我々の手元に届くその商品は、当然企業の事業収支(建設単価の上昇も含め)によって値上げされる。

 ラーメン1杯の単価、スーパーの生鮮食品、衣料品、マンション価格
全てが跳ね返ってくる。
 (大げさな事ではない、建設会社はそれほど世の中に対し下手に出ているのだ。)
 談合を嫌う方々はこれらの仕組みを分かっておられるとは思うがオイラにすれば、ご免蒙りたい。

 談合はなくならないし、なくせば上記の理由から物価の上昇が見込まれる。

 どうしようもないのか?

 入札制度を見直し、あれやこれやと建設会社いじめをする暇があれば
公共工事の必要性、いらないものを作らない、その浮いた分で福祉財源に回す位の事をすれば全て丸く収まるのだが、それを許さない議員が実に多すぎる。

 道路特定財源を一般財源化にするという話が持ち上がったときに、いかに反対した議員が多かった事だろう。
 連中は、建設会社に巣食っている糞だっ!
 そんなに道路ばっかり作りたけりゃ、アスファルト持ってきて自分でやれ。
 
 そんなに公共工事を守りたいという事はおいしい事が山積みだからだ。
 これしか利益守れない所から、こっそり金が渡る。
 政治家に渡る。天下り先に渡る。天下ってくる奴に渡る。

 国民の「血税」を建設会社を楯に後ろに隠れ、一番有効利用しているのは政治家さんや官僚達なんだと言うことを、解って頂きたい。
 談合でもしなけりゃ、この人たち食わせていけないんだから。

 この連中を排除しなければ、建設会社の改革なんぞ何も出来るはずがない。
 

 時折、我が家の愛犬の散歩を兼ねて近くのスーパーまで買い物に出かける。

 嫁と一緒に行き、嫁はスーパーの中で買い物を、オイラとワンコは外で嫁が出てくるのをひたすら待つ。

 そこのスーパーは、町内にあるスーパーで郊外型の大型店に比べればかなり小さく、お客もどちらかというと年配の(じいちゃん、ばあちゃん)方が多い。

 今日もそこへ出かけた。

 相変わらず、オイラとワンコは外で待つ。
ワンコも慣れてきたのか、ちゃんとお座りをして待っている。

 時折我々の前をお客が通り過ぎる時に「あっ、かわいい〜」なんて言って行く人もいるのだが、飼い主のオイラを見て、そそくさと去っていく。
 オイラは、外で見知らぬ人と会話できるくらい人が出来ていない。
 こっちくんじゃねぇ〜位のオーラを放って立っている^^;

 しかし、じっちゃんばっちゃんはそんなことは構わない。
容赦なく話しかけてくる。

 今日も今日とて三輪車を引いて来たばあちゃんが早速うちのワンコを見つけては
 「あれぇ〜、可愛いぃ〜、ちゃんとお座りして待ってるんだぁ」
 「誰待ってるのぅ〜、おかあさん?」
 と話しかけてきた。
 もちろんオイラのワンコはばあちゃんと話すことが出来ないので
おいらが代弁する。
 「そうです・・・。」

 ばあちゃんはさらに
 「動物は可愛いね〜、癒されるしね〜」
と続けた。

 「ええ、そうですね・・・」
とオイラ。

 ばあちゃんは続けざまに
 「本当に動物はいいねぇ、人間を裏切らないからぁ・・・。」
と言い残して去っていった。

 その時思い出した、この前にここに立っていたときもばあちゃん同じ事言った。
 同じ人だ!

 そして前回も、去り際に
 「裏切らないからぁ〜・・・。」とフェードアウトしていった。

 見る限り80はゆうに超えてる感じのばあちゃん。
初対面の通りすがりの犬の飼い主にまで、“裏切り”を強調するばあちゃん・・・。

 どんだけ裏切られたんだよっ!
 どんだけ不幸なんだよっ!

 買い物袋を下げた嫁とワンコで、てくてくと歩いて家路についたが、なんだかとってもブルーになった。
 
2007.02.16 嫌な奴
 嫌な奴は何処にでもいる^^;

 なぜかしら職場の中に一人いる。
自分が生理的に受け付けないのはまだ我慢できるとしても、70%位の確立で誰からも好かれない奴がいる。

 よく、友人等と飲んでいるときに会社の人間の話をすると、友人達の会社の職場でも同様に嫌な奴がいるという。
 結局は「まぁ、何処の会社でも嫌な奴はいるからね〜」で話が終わる。

 何故この嫌な奴は一定の割合で会社に紛れ込んでいるんだろう・・・。

部下に対して高圧的な上司
人を蹴落とす事ばかり考える奴
人の功績を我が物にしたい奴
要領の悪い奴
人のせいにする奴
裏切る奴
ゴマする奴
つまらない奴
考えを言わない奴・・・・

 大抵これ位の奴はいる。
嫌な奴だ・・・。

 こんな奴どうして会社にいるのか、どっからもぐりこんだのか分からないが確実に存在している。

 何故だろう・・・。

 誰に話しを聞いても一様に皆嫌いだと言われる奴。
 どっからどう考えても常識はずれな奴。

 何故、同じ給料を貰える・・・。

 以前、兼業農家の上司に聞いた事だが、お米を精米するときいくら気をつけていても、どれだけ最新の注意を払っていても、米の中に石ころが混じるらしい。
 それと同じで、どうしようもない奴も混じってくるという事だが・・。

 会社で拘束される時間は家族と過ごすより、長い時間拘束される。
嫌な奴とも一緒に居なければならない。
 家族とホンワカしている時間より、嫌な奴とイライラしながら付き合っている時間の方が長いのは辛い。

 嫌な奴が紛れ込んだと言われないように気を付けよう〜っと。

 
 


 小さい頃よく生き物を飼った。

 ザリガニ、カブトムシ、小鳥、猫、犬、ウサギ・・・。

 昆虫類を抜かしては全てオヤジが勝手に何処かの露天で買ってきては
自宅へ投げ捨てていく。
 3ヶ月に一度しか戻らないオヤジはいつの間にか自分が飼ってきた事も忘れてしまう。

 困るのはいつもオカンだ。
はじめはオイラ達きょうだいは喜んで遊んだりしているのだが、いつの間にかその飼育に飽きてしまう。
 飼育係は決まってオカン。

 そして何よりオカンは生き物全てが嫌い^^;

 我が家では、ペットがやってくると名前の命名権はオカンにあった。
そして唯一犬の“ジュン”を除いてだが、必ず“チッチ”と名付けた。

 ザリガニ、カブトムシ、ウサギ、カラーひよこ、金魚に至るまで全てチッチと名付けたオカン。

 「チッチに餌やっておいて〜」
 「チッチの水入れ替えて〜」
等と言うが、どれがどのチッチを指しているのか分からない^^;

 話は変わるが、うちのオカンは子供であろうと先生であろうと、
誰がどんな事情を持っていても構わない性格だ。

 オイラが小学校1年生のとき、授業中にオカンからの緊急の電話だと
職員室に呼び出された。
 オカンはものすごい慌て様で、幼心にもただ事ならぬ雰囲気を感じ取りオカンの言うとおり、そのまま自宅へ帰った。

 自宅に帰るとオカンは「チッチがぁ!チッチがぁ!」
とおののいている。
 ん?ウサギはいるし、金魚も今の所は何もないようだが・・・??

 腰を抜かしかけたオカンの指差した先には、一つの箱があった。

 確かに見覚えがある。

カマキリの卵を入れておいた箱だ。

 「カサカサっ、ゴソゴソっ」

箱の中にうごめく気配が・・・。孵化が始まっていたようだ。

 ご存知の方もおられると思うが、カマキリの卵は1匹2匹の単位で孵化するわけではない。
 それこそ100〜200匹単位で(実際にはそれ以上にいる)孵化する。

 箱を開けると大量の子カマキリが所狭しと駆け回っている。

 オカンはノックアウト寸前だった。

「オカン、チッチが大量に生まれたみたい」

 オカンは怒涛のごとく怒り狂い
「そんなにチッチばっかりどうするの、捨ててきなさい!!」
と怒鳴りつけられた。

 オイラにしてみても、100や200の単位のカマキリを全てチッチで名付けられてもかなわないと思い泣く泣く公園に解き放った。

 それからというもの、やれザリガニが共食いを始めたとか、おたまじゃくしの足が気持ち悪いと言っては、授業中にも拘らず、帰宅を余儀なくされた。

 オカンは飼育の担当ではあったが、結局は殆ど強制的にオイラが世話をさせられた。

 
2007.02.11 食あたり
注 お食事前後の方はご覧にならないで下さい。

 オイラはよく食あたりする(笑)
もともと胃腸が強い方ではない・・・。
365日のほぼ70%位はピーピーしてる。

 ピーピーもこれだけ何年も続いているとさして気にもならない。

 今日は食あたりの悲劇について・・・。

 オイラの好物は牡蠣と鯖。
どちらも焼いてもよし、煮てもよし、揚げても良し、
酢に漬けるのもよし^^
 特に今の時期の牡蠣なんぞはバケツに一杯でも食いたいと思う。

 だが、当たる。
 アイスの当たりつきよか遥かに高い確率で当たる。

 のた打ち回る。
 苦しむ・・・、ゲーっとなる・・・。

 家族は決まって止めとけばいいんじゃない?というが、食いたいものはどうしても食いたいのだ。
 そして何より、こいつらに負けるのは嫌だ(笑)
 普通の人はこういった食べ物があるとトラウマになって食べられなくなってしまうらしいのだが、おいらの場合「また負けたぜ・・・」と思う。
 憎いあんちきしょうなのだ。

 以前勤めていた会社で、この時期になると本社からお偉いさんがやってきては挨拶回りに出かけた。
 そして、昼と夜は必ず接待があった。
 昼は必ず牡蠣のフルコースを予約する。
 (牡蠣の養殖が盛んな所でもあるので、コースで食っても一人3千円位で結構食べられる。)
 
 お偉いさんのお供はオイラが結構付き添った。

 午前中各方面を挨拶回りし、お昼に牡蠣を食べる。
 危険だ・・・、危険極まりない・・・・。

 食後、また挨拶回りに出かける。
何件かこなし、数時間が経過すると「ツッタカター」と胃の辺りから衝撃がやってくる。

 ??ん?きやがったな・・・。
下腹部からは「hey!カモンエブリィバ〜デ〜♪」とrockが流れる。
 にょほほ〜、きやがったよ〜^^;

 オイラの牡蠣のあたり方は上も下も流通が良くなる。
 “おおあたり〜ぃ”

 挨拶回りが残っているし、お偉いさんはオイラの腹の中でパーティーが行われている事も知らず、次々に話しかけてくる。
 話せない・・・、車の運転もままならない・・・

 ・・・temmyeちゃん・・・来ちゃったぁ・・・さ、寒い・・・
 「つったかた〜、ツッタカタ〜、き〜んどんっ!」

 すみません、薬局イカセテクダサイ・・・
 ・・・そして、明日は休ませてクダサイ・・・

 牡蠣の恐ろしさは今迄で学んでいた。
明くる日に何事もなかったように出社できるほど奴らは優しくない。
 何年もこの鉄を踏んでいれば、オイラの上司なんか寛大で、
「またやられたかぁ」と優しかった(笑)

 自宅で3日間は唸っている。
 トイレの便器を抱える方が先か座る方が先かを迷いながら・・・。



 いつの間にかその記憶が薄れる、「夏」 今度は岩牡蠣を食らう。
こいつは冬牡蠣と違って巨大だけに、当たり方も巨大だし、行動が早い。
 
 以前お客さんとゴルフの帰り、これまた接待で地元の割烹で岩牡蠣を食った時の事。
 その時も牡蠣とのバトルがあった。

 オイラは美味いものは結構後に取っとくタイプで、この大きな岩牡蠣ちゃんも「後でた〜べよっ」と取っておいた。
 酒も進み、ゴルフの談義もほどなく進んだ後、とっておきの岩牡蠣ちゃんに手を付ける。
 「かぁ〜、うめぇなぁ〜!!」

 また暫く酒が進み、話が進み・・・・

 “ケロケロ”・・・“けーろよーん”と胃が泣く・・・
 きやがった!!・・・こんな時にきやがった!!しかも、はやっ

 なぜか夏の岩牡蠣の時は上の流通が大量でしかもスムーズなのだ。

 「・・・って、あの時はこうでしたよね?」 ケロケロ・・・
 んん?今のケロケロは何??出てきた感じするが・・・?気のせいか?
 「あの時のバーディーは見事でしたねぇ〜」 ケロケロ・・・
 んん〜??この芳醇なすっぱい香りはなに・・・?

 う〜ん、咳払いがしたい・・・
 喉がイガイガする・・・
 膝に掛けてあった硬い生地のナプキンを口にあて軽く咳払い。
“ケロケロケロ〜”
 あっ、いけね、ゲーでた!!

 その場はナイスキャッチで美味くナプキンに包み取って、内ポケットのしまいこんだが、吐き気もないのに自らの意思で上がってくるとは
見上げた奴。
 いかん、咳払いも出来ない、話も出来ない・・・。

 ・・・スミマセン、コノヘンデ、カエラセテクダサイ・・・ 

 牡蠣にはいつも連戦連敗・・・

 勝率の高いのは鯖くんだが、昨日嫁の実家で食った鯖には
どうやらやられたらしい・・・^^;
 今日はブログに書き込むテーマが午前中に決まっていた。

「テレホン人生相談」だ。
 
 あの、加藤諦三がパーソナリティーを勤める長寿ラジオ番組だ。

 今日久し振りにこの番組を聞いた。

 内容としては60を過ぎた元教師だった女性が、以前に自分が買った
マンションに引きこもりの息子が住んでいるのだが、ここにゆくゆくは入居したい、がしかし、引きこもりのニート少年は内鍵を掛け、中に入る事も許さず、暴力的なので何とかしたいとの相談事だった。 

 ふむふむ、なるほど・・・ここまでは良くある話。

 驚くべき事はこの相談者でもある元教師の女性でもあり、母親でもある人の話し方だった(笑)

 「あっ、もしもし〜↑、宜しくお願いしま〜す↑」
 と語尾の上がるハイテンションで登場した彼女は、怒涛のごとく
「ザマス言葉」でまくし立てる。

 高圧的な話口調と、下々の者を見下したような発言、
我が子や自分の亭主を話すも他人の話をするかのよう・・・。

 「なんじゃや〜この母ちゃんは〜!!」開始からものの30秒で
イライラした。

 時折、「自分の稼ぎで旦那や子供を養ってきた」だの「旦那は働きもせず、子供も好きなものかってうちに引きこもっている」だの話す。
 しかしその言葉の裏には、「私って凄く稼いでいるざぁ〜ます、オ〜ホホホッ」が隠れている。

 イライライライラ・・・・・。

 ゲスト相談員も、さじを投げ「私の専門ではないので、加藤先生に・・・」
 この切り返しも、おいらが聞いていた人生相談の歴史の中でも珍しいのだが、さすが加藤先生冷静に切り返す。

 「まず、貴方の話し方ですが・・・・。
  私達のような初対面の者にでも、敵意むき出しですね。」
 「貴方と子供のコミュニケーションはそれでは、どうのこうの」

 フムフム、まあオイラの受ける印象と同じだな・・・。
 やるなぁ、加藤先生^^
 頑張れ!負けんなっ!加藤センセ!

 加藤先生の必死の攻防が続く!
 
 どうやらこの相談者、学校の仕事が忙しくって子供の事なんか構っていられなかったというのが、最後の自衛ラインだったようだ。

 加藤センセ、そこに足を踏み入れる・・・。
 「忙しいのは解りますが・・・・。」
 加藤センセ、最後の優しさで理解を示す。

 おおぉ〜、大人じゃん加藤センセ。

 しかし、地雷を踏んだ^^;
 「”#$%’○×▲■!〇★▽!!ニャニャニャニャニャーっっ!」

 母ちゃん先生、猛攻撃!!
 加藤センセ、ファイティングポーズも取っていないのに、
 ジャブの応酬ではなく、もう必殺パンチをラッシュし始める。
 
 「貴方に教師の仕事の何がわかるのよっ!」
 「貴方、ニュースステーションに出てる人?!!」

 加藤センセ、ピンチっ!
 ボディブローが決まってきているぅぅ。
 鼻の穴に指を突っ込まれて往復ビンタのようだ。

 「・・・ニュースステーションには出ておりませんが・・・」

 声ちっちぇ〜ぞ、加藤センセ。

 キレに切れまくった、母ちゃん先生、まだまだ反撃!!

 「!$%&#$%’’▽■○×、ニャーっ!!」

 ピヨッた加藤センセにマウントポジションから総攻撃。
 もしかして、キャッシー塚本さんか??
 松本人志のやる、キャッシーさんか?
 「グルグルグルグルっ!ドーンっ!」
 といくのか・・・・?。

 程なく
 「もういいですっ!!#$%&#$%&!!ニャー、ニャー!」
 「ガシャンっ!ぷぅ〜、ぷぅ〜、ぷぅ〜・・・」

 あっ!くそっ!切りやがったっ!!!!

 番組だぞっ!ラジオだぞっ!加藤先生だぞっ!
 長寿番組だぞっ!!まて〜いっ!

 とにかく呆気に取られて、おいらの周りには北風が吹きぬけた。

 こんなセンセに学んだ生徒・・・・。
 こんなセンセに育てられた息子・・・。
 こんなセンセに愛された時があった旦那さん・・・。
 ご愁傷様です^^;

 とにかく、今日のパーソナリティーは児玉清さんでなくてよかった。
 あのお母さんはルール無用の「アタックチャンス」を最初から仕掛けてきてたから・・・。
 


 
2007.02.07 Sion
元来Rock'nRollだけを餌に少年時代から今まで過ごしてきたオイラだが
Sionはそれに劣らないくらい好きだ。

 曲調的に言えば、ジャズともタンゴともブルースともフォークともつかないのだが、彼の独特な歌いまわしや歌詞の比喩表現、リズムは素晴らしいと思う。

 出会いは高校の頃、同級生と2人田舎町から寝台列車に揺られて出かけたとき。
 The Modsの記念すべき武道館ライブを見に行くのが目的だった。

 地元は夜の10時に出発、東京へは朝の6:00頃に着く電車だった。

 今のように携帯電話があるわけもなく、ことさらIpodなんて便利なものはなかった。
 2人でウォークマンのヘッドフォンを片方ずつ分けあい、カセットテープを聴きながら、東京までの道のりを漆黒の闇を見つめながら旅した。
 そのときに友人が持ってきたテープの中にSionがあった。

 夜が朝に変わる瞬間、綺麗な紫色の景色の中にその歌声は耳にこだました。
 独特の歌声、もう死んでしまうんじゃないかと思わせるほどの歌い方。
 切ない詩・・・。

 一度で引きずり込まれた。

 それから、数年、今に至るまで時折Sionを鳴らす。
 うちの嫁はオイラが落ち込んだときにそれを聞いてブルーに拍車をかけるのが嫌いなので、嫁の前では時折我慢している(笑)

 先日某版でYOUtubeのsionの動画が貼られていた。

「12号室」

 sionを聞いて不覚にも泣いてしまった詩だ。

 彼はよく比喩表現をするので、この曲を聴いたとき、自分に似ていると勝手に思い込み泣いてしまった。

 歌詞の中に、「みんな変な形をしてた、仲間ですよと紹介された、こんがらがって涙が出てきた、こんな変な奴らの仲間でも友達でも友達でもないと・・・」というくだりがある。

 オイラはその以前、悪さしていたときに、帰るあてもなく、誰かに誘われるがまま、自分の居場所を見出すために変なグループにいた事があった。
 その当時の連中は、みんな何か抱えていて世間からはみ出した奴ばかりでオイラから見ても、どうしようもない奴ばかりだった。
 (多分他の連中はオイラの事もそう思っていたと思うが 笑)
 だけど、居場所がないオイラはそこが最も自分としていられる場所だった。
 心の中では、こんな奴ら仲間でもないけど、ここに居なければ・・・。
って、思っていた。

 後からsionの歌詞を聞き返し歌詞を理解すれば、まったく違った内容だったのだが、自分に置き換えたときに、あの頃を思い出し本当に泣けた。

 今では、あの頃の自分の姿を自分の周りの人の中で見つけると、そいつの12号室になってあげたいと思ってしまう。

 −12号室−

 words&music:SION

 彼女は美しかった 真っ白な顔をしてた
 綺麗な髪をしてた 声もやわらかだった
 彼女の部屋はいつも 花の香りがした
 いい香りがした ものすごくあったかだった
 彼女は人もうらやむほどの ほとんどをそこでは持ってた

 そこに入る訳は 8つの俺でも解っていた
 今より良くなるために 必要だと解っていた
 そこは動物園だった みんな変な形をしてた
 仲間ですよと紹介された こんがらがって涙が出てきた
 こんな変な奴らの 仲間でも友達でもないと

 1週間話せなかった 誰とも話せなかった
 全部嫌いになった ご飯も嫌いになった
 その日もベットの中で じっと息を殺していると
 誰かが布団の中に 手紙を突っ込んでいった
 良かったら12号室の 私のところに遊びにおいでと

 彼女は微笑んでいた ベットに体を起こし
 ものすごい綺麗だった 泣きたいくらい綺麗だった
 ほんの少し話をした 本当はもっと話したかったけど
 恥ずかしくてどうしようもなくて そこに来て初めて表に駆け出した
 表に出て 彼女の前で走った事をすぐに悔やんだ

 彼女と話したその日から ほんの少しずつだけど
 誰かの問いに答えたり 誰かに話しかえれるようになった
 何人かの友達も出来て やっとそこの暮らしに 
 やっとそこの暮らしに慣れてきた 3ヶ月目の朝突然言われた
 ここに居ても君の場合は何にもならない 君も早く帰りたいだろう

 みんなとは違うといわれ ここに入ってきて
 そしてやっとやっとここに慣れたのに ここも違うらしい
 4時間電車に乗って もといた教室に戻った
 懐かしいはずのクラスの顔、顔、みんなよその国の人に見えた
 今日からまた仲間ですと 先生は俺を紹介した

 彼女は美しかった 彼女は美しかった
 綺麗な髪をしてた 声もやわらかだった
 彼女の部屋はいつも 花の香りがした
 いい香りがした ものすごいあったかだった
 彼女はすべてを持ってた
 白く長いはずの2本の足を除けば・・・

 彼女は美しかった 彼女は美しかった



 動画はここにありました
 http://www.youtube.com/watch?v=XthvTgblizU 
 
2007.02.04 命の選択
 毎日毎日“自殺”の報道が続く。
子供たちのそれは顕著だ・・・。

 その子達の不安や恐怖、嘆き悲しみがその子供たちと同じ環境、同じ生活をオイラはおくっていないので、「死ぬことを止めろ」とか「生きろ」とか薄っぺらな感情だけで言いたくないし、言うつもりもない。

 だが、オイラは悲しいかな少しだけ大人になってしまった。

 大人の功罪を説きたい。

 子供達に「死ぬことの選択」をさせている事に
 大人達の責任はないのか?

 オイラの偏見もかなりあるが、そのことについては“大あり”
だと思っている。

 今の子供らは正直嫌いだ。

 口の利き方を知らない、物の良し悪しが判らない、道徳がない、
知識がない、教養もない、・・・・etc
あげれば限がない。

 振り返れば我々の世代も、大人たちにこう思われてきた。
 少しばかりグレて世の中に唾を吐いてきたオイラもこう思われてきた。

 しかし、オイラのときと今の子達の絶対の差がある。(と、思っている)
 それは、大人達が子供達に「もの」を教えてくれた。

 オイラの場合に限ってだが、
じいさんは戦争の辛さと虚しさ、失っていくものの悲しみ、
ばあさんは食べられる事に甘えられる事の喜び、
オヤジは活きる事の大変さ、社会のマナー、人の繋がり、
オカンはみっともない事、はしたない事の区別、
学校の先生は団体でいるときのルール、
校長先生は育ててくれた親の愛・・・等々
 多くの大人達の関与によって色々な事を学び、そして叱られながらも
助けられてきた。
 よって、少しは更正したと思っているし、少なからずとも今は人様に迷惑はかけていない。

 教えられる事は常に自分の中になかったり、足りないものだった・・・。
自分の中にそれが全て備わっていれば、誰も何も言わなかっただろう。

 心身を構成する心の中にレベルゲージのようなものがあるとすれば、メモリが「ゼロ」の自分の中に、沢山の大人たちからもたらされる「教え」が少しずつではあるが溜まりはじめる。

 この溜まったものを少し考えてみる。やってみる。なるほどなぁと思う。いつの間にかそれを活かす事が出来るようになる。
 大人達が大人として生きている社会の事や、自分達の子供の世界が少しずつ判る様になる。

 今の子供達は嫌いだと言ったが、子供達にまだ「ゼロ」な状態な子が多いからだ。
 二十歳を過ぎてもまだまだ沢山いる。
 腹の中に溜まるはずの教えが、大人からもたらされるものではなく
子供社会で子供同士からもたらされるもので溜まっているからだ。
 そしてこのゲージは容量がかなり小さい。

 死を選ぶ子供達はまさにそのレベルゲージが子供の社会でしか溜まらないゲージしか持っていない。
 大人達がそのゲージの容量を増やしてあげる事が出来るのに、小さい容量の中でなみなみと子供社会の垢を増やしてしまったのだろう。

 今の子供らは何も知らない、教えられていないのだ。

 オイラを含む大人達だって、社会に出れば(会社に行けば)初めての事は人から学ぶ、マニュアルが存在している場合もある。
ルールや道徳、人に対する接し方、愛情の持ち方もそうだ。
 壁に当たれば、先輩や先人の人達からの意見を伺う。
そこから何かを見出し、社会に適応して、自己のレベルゲージを上げていく。

 そうやって、今まで先人から教えられた事を共有して社会を成立させ、自己を確立させる事を行っているのに、子供達にはそれを教えない(継承しない)のはおかしい。
 自分らが子供の頃からそうやって育てられてきた事も忘れ・・・。
 
 雑誌やテレビで時折取り上げられる子供等は、大人社会からすれば
ある種異様に映る。
 その異様さだけを強調し、大人社会から見た目で好奇に晒す。

 何が楽しいのだろう。
 この子等を異様に映るように育ててきたのは、大人達がやらなければいけない「教えの後継」をしていないからなのに・・・。

 命の大切さなんかつまんねぇ事を大そうな顔をして、述べているよりも自分達の生きてきた道のりを教え、子供らの腹の中に、先人の教えを入れてやった方がよっぽどましだし、それをしてやることは大人達の責任でもあるとオイラは思う。

 
 
 オカンのこと。
今日も生みのオカンの天然振りをご披露していく。

 オイラの記憶が正しければ小学校5年のときのことだ。
オヤジが「仕事の関係で外人さんが挨拶しにうちに来る」発言を
久し振りに転勤先から帰ってきて、語った。

 聞いてみれば、アフリカ某国の大使で通訳さんと同行してくるらしい・・・。
 そして、もしかしたらうちにあがりこむかもしれないので、それなりの準備をしておくようにとの命令であった。

 オイラの幼少の頃は町内はおろか町を歩いていても外人さんに会うことなど皆無に等しく、ましてやアフリカの黒人さんなどテレビの「すばらしき世界旅行」でした見たことがなかった。

 オカンはそりゃあもう上を下への大騒ぎ!
オカンはオイラより外人さんに対する抵抗感と変な先入観を持っていた。
 実際、外人さんを迎え入れる準備の最中も「外から裸足で入ってくるのかねぇ?足拭きいるかねぇ?」とか「現地の言葉でしゃべられてもねぇ・・・」とまるで部族の酋長でもくるかのような連想をさせる発言が多かった。

 ・・・おかん、大使だから、しかも通訳さんと来るから、言葉も足拭きも
心配いらんのでない??・・・

 オカンはいくら子供たちが先入観を取り払おうと話しても無駄だった。
 スーパーにて大量のバナナとピーナッツ等の木の実を大量に買い込み
籠に盛り付けた。
 本当に笑ってしまうくらい大量のバナナの房だった。

 ・・・おかん、猿じゃないんだから・・・・

 そしていざというときのために、タオルを数枚玄関に用意した。

 ・・・おかん、時代劇の宿場町じゃないんだから・・・

 さて、とうとうやって来る当日。

 オイラと姉ちゃんは今か今かと玄関先に出て、車の到着を待つ・・・
車がやってくる・・・「オカン、来たよ〜っ!!」・・・
 玄関に引きつる笑顔で迎えに出たオカンを見てこれまたびっくり!
 まるで、南国ハワイの人が着るようなアロハ調の大きい花の模様のついたワンピース。

 ・・・オカン、アフリカの人だってよ・・・

 程なく玄関にたどり着いた大使と通訳さんは、オイラと姉ちゃん、そしてオカンと握手を交わした。
 バリッとスーツを着こなした紳士だった(笑)
 靴もちゃんと履いていた(笑)
 日本語で挨拶交わした。

 オヤジが言うにはどうやらうちにあがることなくこれから飯を食いに行くようだ。
 「おい、車にまだ乗れるから、お前たちどっちか着いて来い」とオイラ姉弟を誘う・・・。

 間髪抜かずオカン
 「あっ、temmyeちゃんはクラブがあるから、お姉ちゃん行っておいで、うんうん、いっておいでぇ〜」という。

 ・・・ん?、クラブは今日休みのはずだが・・・

 姉は半分泣きべそかきながら、初めて会う黒人さんのいわれもない恐怖にさいなまれながら、その黒人さんに両側を挟まれるように連れて行かれた。

 車が走り去る・・・。

 「オカン、オイラも行きたかったよぉ」
 「いいのっ!お姉ちゃんいっとけば、何されるかわからないでしょっ!」

 ・・・オカン、とって食われると思ってるの??・・・
 ・・・それにしてもお姉ちゃんいったけど??・・・

 なぜだか小さいころから、オイラと姉ちゃんはオカンから掛けられる愛情度合いが違った(笑)
 オカンが最も嫌いなオトンに懐いていたし、オトンもオイラより姉ちゃんをよく可愛がったからだろう(笑)

 それにしても、危機を感じたとき迷わず姉を差し出すとは・・・
 恐るべしオカンっ!

 残ったおいらたちは大量に盛られた、バナナとピーナッツやアーモンドをご飯代わりにした。

 後にこの黒人さんの通訳さんはよくテレビのバラエティ番組で見かけた。
 彼の屈託のない笑顔はあのときを思い出させる。
 

 
 今日何度目かの更新(笑)
如何に週末にすることがないのかがよくわかる・・・^^;

 そんでもって、例の「納豆」捏造の話。
今更ながら振り返ってみる。

 というのも、先程“大田光の私が総理に・・・”の番組を見ていた、
国民がもっとも怒っている事件だそうだ。

 我が家の妻は喧々諤々あるらしいが(あんまり腹も立たないらしい)
オイラは少し視点が違う点から、疑問を持っている。

 納豆は凄いぞ、やせるらしい、中性脂肪が下がるらしい等等ご多分にもれず我が家も嵌った。
 それが捏造だったらしい、捏造だった・・・。

納豆は嫌いではないし、幼少の頃から食べ続けてきたものである。
食べることを今更辞めようとも思わない。
納豆には罪はない。

 しかし、今回の事件で疑問と恐怖に感じたのは、メディアの流す情報が見聞きするこちら側で、精査しなければならず、その情報は信用に足りうるものかどうか、疑いをかけなければならないことだ。

 仕事の上での情報や、人伝いの情報などは色々な視点や観点、経験に基づいて判断をする。
 しかし、TVやラジオというメディアからもたらされる情報はどうだろう?
 かなりの確立で、信用する。擦り込まれる。活用する。

 これをもし、逆手に取られ、情報の操作が何者かによって意図的になされていたらどうだろう・・・?

 ここに、今回のこの問題があるような気がする。

 じいさんがよく話していたことではあるが、戦時中戦況を伝えるラジオ放送があったらしい。
 敗戦に近づくにつれ日本国が敵艦や敵陣を打破した報告が、多くなったと・・・。
まじめな国民の中には、ラジオからもたらされる情報を手帳に付けていたらしい。
 日本に有利がさもあるかのように、捏造された勝利報告ばかりし、国民にヤル気と奮起を促す為の意図的に軍が流した、うそ情報だったらしいが、戦況報告を克明に記していたものは、情報に左右されていることに気付いた人間がかなりいたそうだ。

 極端な話かもしれないが、今回のことはこれにも共通していると思う。
 北の某国の話や、中東の彼の国の話は本当に正確か?
 芸能人がたまに身に着けたり、食したりして爆発的人気になるものがあるが、本当に個人が個人のためのものとして紹介しているか?
 企業が、芸能人という広告をマスメディアに乗せて利益を得てるだけじゃないか?
 納豆会社も番組翌日には株が上がったはずである。
 ここにも何か裏話が潜んでいないか?

 いつの間にか、信じてしまったマスメディアをこれから、穿った目で見ていかなければいけないのはかなりの労力と、ストレスを感じることになるだろう。

 何を信じればいいのか?わからない時代になった気がする。

 
2007.02.02 Let's Rock
第3章

The Modsのこと。

 突然だが、オイラは福岡の博多が好きだ(笑)
昨年長年の夢だった博多の地に行った。
 人も街も食べ物も、酒も何もかも美味くそして素敵だった。
夜も眠ってしまうのがもったいないくらい、その土地の空気を吸っていたかった。
 今でも、心のどこかで彼の地で暮らしたいと真剣に思っている。

THE MODSを排出した博多。
明太ビートを文化にした博多。
多くの個性あるバンドを送りだし、見届けてきたライブハウス“昭和”
博多最高!!
Mods最高!!

 生きてきた道のりの半分以上はMODSと歩んできた。
 生きる力はMODSに貰った。
 クソッくらえということも、トライすることも、
 格好いい事と、格好悪いこともMODSに教わった。
 あんな親父たちになりたいと心から思う。

 今、生きていくことに少し躓いてはいるが、全てわかったような、したり顔で開き直りたくない。

 まだまだ、これからだっ!

  ONE MORE TRY

  作詞:作曲森山達也/THE MODS

  いつまでも、そんな所で
  汗だくになって 暮らしても
  手に入れる物は たかがBOOTSぐらいのものさ

  逃げてばかりいないで 飛び込めば
  振り出しに戻る 事もある
  さぁ、目を開いて 自分の一番好きな所まで

  さぁもう一度 思い切りやれよ
  さぁもう一度 思い切りやれよ
  ONE MORE TRY
  ONE MORE TRY

  柔らかいベットは もうないぜ
  暖かい毛皮のコートもない
  あるものといえば握り拳くらいのものさ

  わかったふりして 死ぬよりは
  何でもいいから やってみるんだ
  大人になる前に くたばってしまった方がましさ

  さぁもう一度 思い切りやれよ
  さぁもう一度 思い切りやれよ
  ONE MORE TRY
  ONE MORE TRY

THE MODS

1981 「崩れ落ちる前に」でデビュー 昨年25周年を迎える。

 デビュー当時から現在までメンバーが変わらないという、やり続けることの格好よさを実践している数少ない本格派バンド。
 芸能界でもMODSファンは多く、有名どこの代表としては藤井フミヤだろう。
 オイラが初武道館のライブに行ったときも、おいらの前の列にチェッカーズのメンバーが座っていた。

ライブハウス“昭和”
 博多んもんの登竜門的なライブハウス。
 その昔はチューリップや海援隊、チャゲ&飛鳥、甲斐バンド、長渕剛
 などがここで歌ったそうだ。
 後に、ルースターズやモッズ、陣内孝則のロッカーズ、ARBの石橋凌も ここで演奏し、東京へ夢見て旅立った。


2007.02.02 Let's ROCK
rockの第2章
今日は退屈なので出来る限り更新したい(笑)

前回の髪型の続き・・・。

 小学校の6年位の時に4歳離れた姉の影響で、「横浜銀蠅」に出会った。
 衝撃だったのは、あの髪型だ“リーゼント”。

 数年前に憧れていた、世良正則の髪型とはまったく違う、突き出たトサカにサイドがピカピカ光ったポマードのテカリ・・・。
 どうもオイラは髪形に引かれる性格だったみたいだ(笑)

 当時、これまた姉の影響でキャロルやクールスは聴いていた。
しかし、彼らの写真や映像を見たことがあるわけでもなく、彼らが皆一様に“リーゼント”なんだとわかったとき、Rock'n Rollerは“リーゼント”ありきと思い、中学に進学すると同時に、リーゼントにした。

 夏休みには髪を殆ど金色に染めた、ポマードのおっさんの匂いになじめず、教育委員会で不買運動がおこるほど流行した、クリームソーダというショップのグリースを使った。

 学校の服装検査のときは、金髪を黒マジックで塗って検査をパスした。
 あの頃のグリースは何処も粗悪品が多く、いくら洗っても取れなかったので、枕カバーはいつも油だらけだった。
 誰かが教えてくれた方法は、ママレモンで頭を洗うこと。
なるほどよく落ちる・・・しかし、肌は強烈に荒れた^^;

 以来、ロッカーを自負していたオイラは20数年リーゼントを作り続けて来たが、今は過去の無理が祟り、むなしい姿になった^^;

 さまざまな髪型を楽しんでいる皆様、髪は長い友達です。
優しく「憂い」を抱き、大事に育てましょう!
 
知らない方のために

横浜銀蠅
80 シングル『横須賀Baby』 アルバム『ぶっちぎり』でデビュー
 最近ではナイティナインの番組で江頭2:50と競演してました。
嶋大輔や杉本哲多もファミリーです。

キャロル
 矢沢永吉が作ったバンド、今でも永ちゃんはキャロルの頃の曲をLIVEでやってます。
おいらはジョニー大倉さんの甘い歌声の方が当時は好きだったけど・・
 今でも根強い人気があり、多くのアーティストがカバーをやってます。
 最近では、藤井フミヤがカバー曲のアルバム出しました。

クールス
 記憶が正しければ、クールスの結成当時はバンドではなく、族に近いグループだったような気がします。
岩城孝一さんや、舘ひろしさんが皮ジャンにテカテカリーゼントでバイクに乗ってる姿は格好よかったです!

クリームソーダ
 ドクロマークをシンボルマークとした、原宿発信のショップ。
 お笑いのぐっさんやガレッジセールのゴリさんはよくここの服着ています。
 従業員が結成したBlack Catsは和製ロカビリーの先駆者的存在でした。
 
オイラにはオカンが4人いる^^

 生みの母、育ての母、継母、義理の母・・・。
どのオカンを捕まえて、観察してみても皆一様に個性的で笑える。

 特に生みのオカンの記憶は強い・・・。
豪傑なオカンだった。
 今日は生みのオカンの話、これは時々世に出したい(笑)

 ダウンタウンの松本人志が演じる「マー君とオカン」や中川家の弟が演じる「オカン」が結構おいらのオカンに似ている。
 この年代の人は皆同じなんじゃないかと思うくらい似ている。

オカンは横文字や外来語が苦手・・・。
そして、ちっちゃい「っ」が苦手・・・。
特に紙に書くときが顕著にその症状が現れる。

 学校から帰ると、時として書置きがあった。
その内容はお使いの指示であったり、夕飯や、おやつの在りかを示しているのだが、必ずといっていいほど間違いがある。

 「temmyeちゃんへ
  お昼ごはん食べたら、スパーへ行って、チャミーグリーン
  買てきてください
  おつりは使ていいよ

 要約すればスーパーでチャーミーグリーンという洗剤を買って来いと言うことなのだが、いちいち違っている(笑)
 ちっちゃい「っ」はどこへいったぁといつも笑っていた。

 しかも、その書置きをしている途中か、書き終わった後に誰かと電話でもしていたのか、四角いマスの形が何度も何度もなぞられていた痕跡があったり、女性の横顔が描かれたものがそこにはあった。

 女性の横顔のときは必ず、つばの大きい帽子をかぶったフランスの貴婦人のような絵だった。
 多分、当時はそんな絵がポットや皿に描かれていた物が多かったような気がする・・・。
 落書きの中からお使いの文章を探すのも大変なときもあった^^; 

 オカンの帰宅後そのことを指摘するとこれまた必ずといっていいほど
「また、おかあさん中学しか出てないからって馬鹿にしてっ!」
「あんただけはお母さん馬鹿にしないと思ったのに!」とキレた(笑)
そして、初めて聞く人物の名前を出してきては
「○○さんとエイボンのマネージャーの○○さんのところに行くのに急いでいたんだからしょうがないでしょっっ!」と当たり前のように弁解した。

 しかし、オカンは横文字のものが大好きだった。
書くことは苦手としていたが、横文字のものは高級感があると思っていたのだろう。
 ボルボネーゼやイブサンローラン、エルメス、エイボンレディーの統括マネージャー・・・etc
 どうやって、人様と横文字のものを紹介していたのか考えただけでも空恐ろしくなる・・・。